第50回宝塚記念 回顧

回顧といっても馬券…しかもサイン馬券(笑)

う~ん、残念…ハズレた。
というか、見えてたけどツメが甘かった。
いろんなものに振り回され絞れなかった。
で、終わってみれば…というパターン。
でも、これは次に繋がるハズレです。
見えてたもの、掴んだものは正解だったので。

第50回…節目、区切りのレースである、これが全て。

競馬界では「アグネスタキオン」急死のニュース。
ここでタキオン産駒のディープスカイというのは有り。
もう…そらほとんどの競馬ファンが思う事ですよね。
こういうドラマは素敵だけども…アリだけども…2、3着。
馬券の対象にせざる終えないが…という感じというか。

だってですね、
宝塚といえば「宝塚記念」よりも「宝塚歌劇団」ですから。
当日は花組がプレゼンターのために来場もしたようですし。
しかも節目、区切りのレースですから。

宝塚歌劇団の歴史おさらい

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阪急電鉄の前身、箕面有馬電気軌道の創始者小林一三が
1913年に結成した寶塚唱歌隊が前身。
宝塚歌劇の幕開けとしては1914年(大正3年)。

1913年(大正2年) - 宝塚唱歌隊を組織。
1914年(大正3年) - 宝塚新温泉余興場において上演開始。
1940年(昭和15年) - 宝塚歌劇団に改称。
1957年(昭和32年) - 小林一三逝去。
1964年(昭和39年) - 宝塚歌劇50周年記念式典(宝塚大劇場)。
2007年(平成19年) - 『小林一三没後50年スペシャル』公演。
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創始者の小林一三没後50年は2007年。
2007年といえばウオッカ(四位)がダービー制覇した年。
桜花賞・秋華賞とダイワスカーレットにウオッカが負けた年。
そんなウオッカは宝塚記念回避させられた(笑)
…いらない情報という判断。

そうなれば「第50回」ここしか狙うところはないわけです。
宝塚歌劇団に相応しい第50回のレースを…ということですね。
当然、牝馬限定レースです。
ここで「アグネスタキオン」登場です…というかJRAって凄いと。

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1990/04/08 第50回 桜花賞 18頭立て

1着 5枠09番 アグネスフローラ  河内洋(単枠指定)
2着 2枠03番 ケリーバッグ    菅原泰夫
3着 2枠04番 ハリケンローズ   本田優
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これは間違いなく使うのだけどどれか?
もうひとつは…

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2006/02/26 第50回 阪急杯 15頭立て

1着 5枠09番 ブルーショットガン 松永幹夫 
2着 7枠13番 コスモシンドラー  安藤勝己 
3着 6枠10番 オレハマッテルゼ  柴田善臣
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1・2着が同じ枠(2枠と7枠は裏表で同じです)
この時点で馬番の可能性を消してしまったわけですが(笑)

で、僕の中の決め手はこれでした。
宝塚歌劇団50周年…1964年。
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1964/07/05日 第5回 宝塚記念 7頭立て

1着5枠05番 ヒカルポーラ 高橋 成忠
2着7枠07番 パスポート 松永 高徳
3着4枠04番 リュウフオーレル 宮本 悳
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枠の5-7鉄板でディープは馬券対象馬。
◎馬単8→11 ○馬単7→11 これが勝負馬券でした(泣)
8番はサクラ馬名でしたので厚く買いました(泣)

で、
結果としてアグネスフローラの単枠指定馬番…9番。
50回阪急杯でも見えてた…9番。

結果として9番も5枠も7枠も使ったという…凄いね(笑)

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